物理 / 気体の熱力学

ピストンに衝突する分子はなぜ速くなるか

★★★★ 難関気体分子運動論断熱変化熱力学第1法則

問題

断面積 のシリンダーに、質量 の分子 個からなる単原子分子理想気体を封入し、ピストンで閉じる。シリンダーの底からピストンまでの長さを とする。ピストンを一定の小さな速さ で押し込み、気体を圧縮する。シリンダーとピストンは熱を通さず、分子は壁やピストンと弾性衝突する。 は分子の速さより十分小さい。

ピストンに垂直な向きを 軸とし、ある分子の速度の 成分の大きさを とする。

uvₓLN 個の分子
速さ u で押し込まれるピストンと、x 方向の速さ vₓ でピストンに近づく分子

(1) ピストンとともに移動する人の立場では、分子はピストンに速さ で近づき、同じ速さで跳ね返る。床に静止した人の立場での、跳ね返ったあとの速さ( 成分の大きさ)を求めよ。

(2) 1 回の衝突で、この分子の運動エネルギーがほぼ だけ増加することを導け。ただし を含む項は無視する。

(3) この分子が単位時間にピストンと衝突する回数は である。気体のすべての分子について、運動エネルギーの単位時間あたりの増加量の合計が に等しいことを導け。ここで は気体の圧力で、気体分子運動論の結果 、 を用いてよい。

(4) は何を表すか。(3)の結果と熱力学第1法則の関係を述べよ。

(5) (3)の結果と から、この圧縮では が一定に保たれることが導ける。体積を にすると、 の気体の温度は何 K になるか。

ヒントを見る

ピストンとともに移動する人の立場での速さを、床に対する速さに換算するには、ピストンの速さをどう加算すればよいか。全分子での合計に現れる は、圧力とどう関係するか。 に面積 と速さ をかけた量は、力学で何とよぶ量か。

解答・解説

方針

近づいてくる壁に衝突したボールが速く跳ね返るのと同じで、分子もピストンに衝突するたびに速くなる。ピストンとともに移動する立場で弾性衝突を考え、床に対する速さに換算する。1 個の分子の増加を衝突の回数でかけ、全分子で合計して、分子運動論の圧力の式と比較する。

解答

⓪ 発想(どう考え始めるか) 断熱圧縮で温度が上がることは、第1法則から として説明される。この問題では、同じことを分子の衝突から確認する。

近づいてくるバットに衝突したボールは、来たときより速く跳ね返る。分子も、近づいてくるピストンに衝突するたびに少しずつ速くなる。その増加を全分子で合計し、ピストンがする仕事と比較する。

① 跳ね返りの速さ。 ピストンとともに移動する人の立場では、分子は速さ で近づき、同じ速さ で遠ざかる。この人自身は床に対してシリンダーの底の向きに で移動しているので、床に対する分子の速さは次のとおりである。

② 1 回の衝突での増加。 ピストンはなめらかなので、速度の 、 成分は変化しない。運動エネルギーの増加は次のようになる。

は より十分小さいので、 は無視でき、増加はほぼ である。

③ 全分子での合計。 1 個の分子は単位時間に 回衝突するので、単位時間あたりの増加は次のとおりである。

個の分子で合計すると、 なので、次のようになる。

最後に を用いた。

ピストンとともに移動する立場vₓ+uvₓ+u床に対する速さ(ピストンは u で左へ)vₓvₓ+2u
弾性衝突は、ピストンとともに移動する立場では同じ速さで跳ね返る。床に対しては、跳ね返りの速さは 2u だけ大きい

④ 仕事との関係。 気体がピストンを押す力は である。ピストンはその力に逆らって単位時間に だけ進むので、ピストンが気体にする仕事の仕事率は である。

つまり、分子の運動エネルギーの増加の合計は、ピストンがする仕事とちょうど等しい。理想気体の内部エネルギーは分子の運動エネルギーの和で、熱の出入りはないので、これは第1法則 で とした式そのものである。

重要断熱圧縮で温度が上がるのは、近づくピストンに衝突した分子が速くなるからである。その増加の合計はピストンがする仕事に等しい

⑤ 温度。 一定と状態方程式 から、 一定 が成り立つ。体積を にすると、温度は 倍になる。

まとめ 分子の立場では、断熱圧縮での温度上昇は「近づく壁に当たるたびに分子が速くなる」ことである。その合計がピストンのする仕事と一致することで、分子運動論と第1法則の対応が明らかになる。

発展。 ピストンが遠ざかるときは、分子は衝突するたびに遅くなるので、断熱膨張では温度が下がる。一方、仕切りを除去したときの真空への断熱自由膨張では、遠ざかる壁に衝突することがないので分子は遅くならず、理想気体の温度は変化しない。同じ「断熱膨張」でも、温度の変化はピストンの有無で決定する。

答

(1) (2) (3) 合計は (4) ピストンが気体にする仕事の仕事率。熱の出入りがないので、仕事がそのまま分子の運動エネルギー(内部エネルギー)の増加になる。これは第1法則で とした式に一致する (5)

別解

別解:1 次元の箱で、速さと長さの積が一定になることを導く。 分子が 方向にだけ往復する場合を考える。短い時間 の間に、分子は 回衝突し、1 回につき速さが 増加するので、速さの増加は である。同じ時間に長さは だけ減少する。

積 の変化は次のとおりで、 は一定に保たれる。

したがって、 方向の運動エネルギーは に反比例する。実際の気体では分子どうしの衝突で、得たエネルギーが 、、 の3方向に分配されるので、全体の運動エネルギー(温度)の変化の割合はその になる。

これは 一定 と同じ内容で、⑤と一致する。

ポイント

  • 近づくピストンに弾性衝突した分子は、速さが 増加する
  • 運動エネルギーの増加の合計は、ピストンがする仕事 と一致する。これが断熱圧縮の第1法則
  • 1 次元では が一定。3 方向に分配されると が一定になる

よくある間違い

  • 床に対しても跳ね返りの速さは だとする。ピストンとともに移動する人の立場での速さに、ピストンの速さをもう一度加算する必要がある
  • 衝突の回数を とする。ピストンに次に衝突するまでの往復の距離は なので である
  • 断熱圧縮で温度が上がるのは、分子どうしが近づいてこすれ合うからだと考える。理想気体では分子間の力はなく、ピストンとの衝突で速くなる