物理 / 気体の熱力学
小さな穴から漏れる速さの違い
問題
容器の壁に、分子の大きさに比べて十分大きく、しかし容器に比べて十分小さい穴をあける。単位時間に穴から出る分子の数は、分子の数密度と平均の速さの積に比例する。
同じ温度・同じ圧力の 種類の気体では、数密度が同じなので、漏れる速さは平均の速さの比になる。分子の速さは 程度なので、モル質量 の平方根に反比例する。
(1) 水素()と酸素()では、漏れる速さは何倍違うか。
(2) ウランの濃縮では、六フッ化ウランの気体を使う。 を含むものは 、 を含むものは である。 回穴を通すと、 の割合はもとの何倍になるか。 とする。
(3) 天然のウランでは が 、 が である。原子炉用の にするには、 の操作を何回くり返す必要があるか。 を用いて求めよ。、 とする。
(4) この方法が「濃縮は技術的に難しい」といわれる理由を、 と の結果から説明せよ。
ヒントを見る
回の操作で存在比は何倍になるか。それをくり返すと、何回で目標に届くか。
解答・解説
方針
漏れる速さがモル質量の平方根に反比例することから、 種類の比が出る。 回の操作で存在比が一定の割合だけ増えるので、くり返しは等比数列になり、必要な回数は対数で求まる。
解答
⓪ 発想 — どう考え始めるか。 分子の速さは質量が小さいほど速い。同じ温度なら運動エネルギーが同じなので、軽い分子ほど速く動くからである。
だから穴から先に出ていくのは軽いほうである。この「わずかな差」を何度もくり返して積み上げるのが、気体拡散法による同位体分離である。
回でどれだけ差がつくかを求め、それを等比数列として何回くり返すかを計算する、という流れになる。
① 水素と酸素。 速さはモル質量の平方根に反比例するから
水素は酸素の 倍の速さで漏れる。
② ウランの場合。
穴を通り抜けた気体では、 の割合が 倍になる。増えるのはたったの である。
③ 必要な回数。 回ごとに存在比(数の比 )が 倍になる。 回くり返すと 倍である。
はじめの存在比は
目標は
比は だから
両辺の自然対数をとる。
約 段の操作が必要である。
④ 難しさの理由。 回の操作で得られる差はわずか しかない。しかも各段で気体を圧縮して次の段へ送らねばならず、そのたびに大きな動力を使う。
必要な段数が数百に達するため、施設は巨大になり、消費電力も莫大になる。実際の気体拡散法の工場では 段以上の装置が連なり、発電所並みの電力を消費していた。
「原理は簡単だが実行が困難」という典型例で、これが核物質の管理において重要な意味をもっている。
まとめ という弱い依存性が、同位体のようにわずかしか質量が違わない場合には の差にしかならない。それを積み上げるには対数に比例した回数が要る。
発展 — 一歩先へ。 現在の主流は遠心分離法である。高速で回転する筒の中では、重い分子ほど外側に集まる。この効果は質量の差そのもの()に比例するので、平方根の比より大きな分離係数が得られる。
同じ「わずかな質量差を利用する」でも、どの物理量に効かせるかで効率が桁違いに変わる。 の比を使うか、 の差を使うか——この選択が技術の世代を分けている。
倍、 回で 倍、約 回、 回の効果が しかないため何百段も必要になる
別解
近似で見積もるルート。 ③ の対数計算は、近似を使えば筆算でも見当がつく。
が小さいとき である。 段の係数は だから
つまり分母はほぼ「 段で増える割合」そのものである。
一方、分子の は、 と見て とすれば十分な精度である。
正確な値 に近い。桁を確かめる程度なら、この見積もりで足りる。
一般に「 回で の割合だけ増える操作を、 倍にするまでくり返す回数」は
と書ける。複利計算でも半減期でも顔を出す形で、覚えておくと見積もりが速い。
ポイント
- 漏れる速さはモル質量の平方根に反比例する
- 同位体では質量差が小さいので、1 段の分離係数は 1.004 程度
- くり返しは等比数列。必要な段数は対数で決まる
- 約 339 段。原理は簡単でも実行が難しい理由
よくある間違い
- 速さの比をモル質量の比としてしまう(平方根)
- 存在比でなく百分率をそのまま何倍かする(比 235/238 で考える)
- くり返しを等差数列とみて足し算にしてしまう