物理 / 剛体のつり合い
うでの筋肉はなぜ荷物の何倍もの力を出すのか
問題
ひじを直角に曲げ、前腕を水平にして手に荷物を持つ。ひじの関節を支点とすると、上腕の筋肉が前腕を引き上げる点は支点から 、手のひらは支点から の位置にある。前腕の重さは で、その重心は支点から の位置にある。手に持つ荷物の重さを とする。
(1) 筋肉が前腕を引き上げる力の大きさを求めよ。
(2) ひじの関節が前腕を押す力の大きさと向きを求めよ。
(3) 荷物を 倍の にすると、筋肉の力はいくら増えるか。
(4) このように支点のすぐそばを引く仕組みは、力の面では明らかに損である。それでも人体がこの形をしている理由を、筋肉の縮む長さと手の動く距離から説明せよ。
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支点はどこか。筋肉の腕と荷物の腕を比べると、力の比はどうなるか。関節にかかる力は、モーメントではなく別のつり合いから出る。
解答・解説
方針
ひじを支点として、モーメントのつり合いを1本立てる。筋肉の腕が短いので、その力は荷物の何倍にもなる。関節にかかる力は、鉛直方向の力のつり合いから出る。
解答
⓪ 発想 — どう考え始めるか。 てこには、支点・力点・作用点の並び方で何通りかの形がある。この腕は 支点(ひじ)のすぐそばを筋肉が引き、遠いところで荷物を支える という形をしている。
モーメントのつり合いは「力 × 腕」がつり合うことだから、腕が短い側は力が大きくならざるを得ない。 筋肉の腕は荷物の腕の しかない。それだけで、筋肉が荷物の何倍もの力を出していることが見当づく。
損に見えるこの形が、なぜ生き物に採用されているのか。そこまで含めて考えると、てこの意味がひっくり返って見えてくる。
① 筋肉の力。 ひじの関節 O を支点にとる。O のまわりでモーメントのつり合いを書く。関節から受ける力は腕が なので消える。
上向きに引くのは筋肉の力 (腕 )、下向きは前腕の重さ (腕 )と荷物 (腕 )である。
荷物 (約 )を持つのに、筋肉は 、その 9倍 の力を出している。
② 関節にかかる力。 前腕にはたらく鉛直方向の力を集める。上向きは筋肉の 、下向きは重さ と荷物 、そして関節からの力 である。
負になったのは、 を上向きと置いたからである。つまり関節は前腕を 下向きに で押している 。
筋肉が強く引き上げるぶん、関節はそれを引き止める向きに大きな力を受ける。荷物より関節にかかる力のほうがずっと大きい ことは、体の使い方を考えるうえで意味がある。
③ 荷物を2倍にすると。 増えたぶんだけを見ればよい。荷物が 増えると、モーメントは 増える。これを腕 で割ると
筋肉の力は になる。荷物 につき筋肉は 増やさなければならない。 この という数は、腕の比 そのものである。
④ それでもこの形をしている理由。 損得は力だけでは決まらない。動く距離を見る。
ひじが少し回るとき、筋肉が縮む長さと手が動く距離の比は、支点からの距離の比に等しい。
筋肉が 縮むだけで、手は 動く。同じ時間で動くのだから、手は筋肉の 倍の速さで動く ことにもなる。
筋肉が縮める長さには限りがあり、縮む速さにも限りがある。その限られた縮みを、大きな動きと速さに変換している のがこの形である。力で 倍損をして、距離と速さで 倍得をしている。
まとめ てこは力を増やす道具だと思われがちだが、逆に 力を犠牲にして距離と速さを買う 使い方もある。人体の関節はほとんどがこの形である。損得は「力 × 距離」で見ると、どちらも変わらない。
発展 — 一歩先へ。 同じ理屈から、荷物を体に近づけて持つ ことの意味も分かる。荷物を手のひら()ではなくひじから の位置で抱えられれば
筋肉の力は から へ、半分以下になる。重い物を運ぶときに体に引き寄せるのは、腕を短くしてモーメントを減らすためである。
腰を痛めない持ち上げ方も同じ理屈で説明できる。腕の長さを縮める ことが、体を守るいちばん確実な方法になる。
(1) (2) で、前腕を下向きに押す (3) 増えて になる (4) 筋肉が 縮むと手は 動く。力では損をするが、速さと動く範囲で 倍を得ている
別解
仕事の面から見るルート。 モーメントの式を立てずに、力 × 距離が等しい という関係だけで筋肉の力を出すこともできる。
ひじを少し曲げて、手を だけ持ち上げたとする。腕の比から、筋肉が縮む長さは
である。
筋肉がする仕事と、荷物と前腕を持ち上げるのに要る仕事は等しい。前腕の重心は手の しか上がらないことに注意すると
が両辺から消えて
同じ値である。
この見方の利点は、④ の答えが最初から式に入っている ことである。 が大きいのは、動く距離が小さいことの裏返しにすぎない。「力で損をして距離で得をする」という関係が、 という積の形にそのまま現れている。
道具の損得を考えるときは、力だけを見ずに「力 × 距離」を見る。てこ・滑車・斜面のどれでも、この積は変わらない。
ポイント
- ひじを支点にモーメントのつり合いを立てる。関節からの力は腕 で消える
- 腕の比 がそのまま力の比。筋肉は荷物の 倍の力を負担する
- 力で損をするぶん、手の動く距離と速さで得をしている。「力 × 距離」で見れば同じ
よくある間違い
- 関節にかかる力を、モーメントのつり合いから出そうとする。関節は支点なので、鉛直方向の力のつり合いを使う
- 前腕の重さを忘れて としてしまう。前腕自身も重心で下向きにモーメントを与える
- 関節にかかる力を「筋肉の力と荷物の差」ではなく和や単純な引き算で出してしまう。向きを含めてつり合いを書くこと