物理 / 原子

コンプトン散乱で電子は何を受け取るか

最難関編コンプトン効果運動量保存相対論

問題

波長 の X 線を、静止した電子に当てる。散乱された X 線を、入射方向から の向きで観測した。

散乱による波長の変化は

で与えられる。、電子の質量 とする。

入射 X 線静止した電子散乱 X 線90°
静止した電子に X 線を当て、入射方向と直角の向きで散乱波を観測する。

(1) (コンプトン波長)の値を求めよ。

(2) 散乱後の波長と、入射・散乱それぞれの光子のエネルギーを keV で求めよ。また電子が受け取ったエネルギーは、入射光子のエネルギーの何 か。

(3) 運動量保存から、はじき飛ばされた電子の運動量の大きさと、入射方向からの角度を求めよ。

(4) (3) で求めた運動量から として運動エネルギーを見積もると、(2) の値より数 大きくなる。その理由を述べよ。

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光子のエネルギーと運動量は、どちらも波長から出せる。散乱が直角のとき、 つの光子の運動量はどんな向きにあるか。電子の速さは光速に比べて十分小さいだろうか。

解答・解説

方針

まず波長の変化から散乱後の波長を出し、エネルギーの差として電子が受け取る分を求める。運動量は保存するので、入射・散乱の光子の運動量から電子の運動量をベクトルで求める。最後に、非相対論の式が使える範囲かどうかを確かめる。

解答

⓪ 発想 — どう考え始めるか。 コンプトン効果の式は与えられているので、計算そのものは難しくない。この問題の狙いは「光子と電子の衝突を、力学の衝突と同じように扱えるか」である。

エネルギーは、光子が失った分がそのまま電子の運動エネルギーになる。運動量はベクトルとして保存する。 散乱なら、 つの光子の運動量は直交しているので、電子の運動量は直角三角形の斜辺として求まる。

最後の (4) は、量子論と力学のつなぎ目の話である。 の電子は、実はかなり速い。

① コンプトン波長。

これは電子に固有の長さで、散乱角だけで波長の変化が決まることを意味している。入射波長には一切よらない。

② 波長とエネルギー。 なので である。

エネルギーは で求める。

電子が受け取ったのは差の

割合は である。

③ 電子の運動量。 光子の運動量は である。

入射方向を 、散乱方向を とすると、運動量保存は成分ごとに

大きさと向きは

入射方向から、散乱光子とは反対側へ 傾いた向きである。

入射 p散乱 p′電子39°
運動量の三角形。散乱が直角なので直角三角形になり、電子の運動量は斜辺にあたる。

④ ずれの理由。 ③ の運動量から非相対論の式で運動エネルギーを見積もると

② の より少し大きい。

原因は電子の速さである。 を非相対論で速さに直すと

で、光速の ほどになる。ここまで速いと という式自体が近似でしかなく、正しくは相対論の関係を使う必要がある。

コンプトン効果の式 は、はじめから相対論を使って導かれている。だから ② の値のほうが正しく、④ の見積もりのほうが誤差を含む。

まとめ 光子と電子の衝突は、エネルギーと運動量の保存で完全に扱える。ただし電子が受け取るエネルギーが大きいと、力学で習った は使えなくなる。

発展 — 一歩先へ。 ① で見たように、波長の変化 は入射波長によらない。だから可視光()では、変化の割合が にすぎず、まったく測れない。

X 線でようやく を超える変化になる。コンプトン効果が X 線で発見されたのは偶然ではなく、そこでしか見えないからである。

「効果が見える波長域はどこか」を式から読み取る習慣は、実験を設計するときの基本になる。

、散乱後 、電子は ()、運動量 で約 、ずれは電子が相対論的()なため

別解

ベクトル図で角度だけ先に出すルート。 数値を細かく計算する前に、図の上で答えの見当をつけられる。

運動量保存は「入射光子の運動量ベクトル = 散乱光子の運動量ベクトル + 電子の運動量ベクトル」である。つまり つのベクトルが三角形をつくる。

散乱では、散乱光子のベクトルが入射方向と直交する。だから三角形は直角三角形になり、電子のベクトルはその斜辺である。

直角をはさむ 辺の長さの比は、波長の逆比 である。

波長の比だけで角度が決まってしまう。 も要らない。

さらに、この三角形を見れば「散乱角が大きいほど電子は入射方向に近い向きへ飛ぶ」ことも読み取れる。数値を出す前に、図で答えの形をつかんでおくと検算にもなる。

ポイント

  • コンプトン波長 h/(mc)=2.4×10⁻¹² m は電子に固有の長さ
  • 波長の変化は散乱角だけで決まり、入射波長によらない
  • エネルギーの差が電子の運動エネルギー、運動量はベクトルで保存
  • 受け取るエネルギーが大きいと p²/2m は使えない(相対論)

よくある間違い

  • 波長の変化を波長の比として扱う(変化するのは差であって比ではない)
  • 運動量の保存をスカラーで足してしまう(ベクトルとして成分ごとに)
  • 電子の運動エネルギーをつねに p²/2m で計算する(高エネルギーでは誤差が出る)