物理 / 気体の熱力学
その星は大気を保てるか
問題
天体が大気を保てるかどうかは、分子の熱運動の速さと脱出速度の比で決まる。分子の速さが脱出速度に近いと、上層から少しずつ分子が逃げていき、長い時間のうちに大気を失う。
目安として、分子の二乗平均速度が脱出速度の を超えると、その気体は数億年のうちに失われるとされる。
分子の二乗平均速度は 、脱出速度は である。、大気の温度を とする。
(1) 水素分子()と酸素分子()の二乗平均速度を求めよ。
(2) 地球(、半径 )の脱出速度を求めよ。
(3) 地球は水素と酸素のどちらを保てるか。目安に照らして答えよ。
(4) 月(、半径 )ではどうか。月に大気がほとんどない理由を説明せよ。
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同じ温度では、どの分子が速いか。天体の大きさと重力は、脱出速度にどう効くか。
解答・解説
方針
つの速さを計算して比べるだけだが、 と という依存性の違いに注目する。軽い分子ほど速く、小さく軽い天体ほど脱出速度が小さいので、両方の効果で決まる。
解答
⓪ 発想 — どう考え始めるか。 惑星の大気の組成は、化学ではなく力学と熱力学で決まっている部分が大きい。
同じ温度なら、軽い分子ほど速く動く。速い分子は脱出速度に届きやすい。だから軽い気体から順に失われていく。
計算は つの速さを求めて比べるだけである。しかしその比較から、「なぜ地球に水素がなく、月に大気がないのか」という問いに答えが出る。
① 分子の速さ。
比は で、水素は酸素の 倍の速さである。
② 地球の脱出速度。
である。
③ 地球の場合。 目安の値は
水素の はこれと同程度かやや上なので、水素は逃げてしまう。酸素の ははるかに小さいので、しっかり保たれる。
実際、地球の大気に水素はほとんど含まれていない。宇宙全体でいちばん多い元素なのに、地球の大気からは消えている。
④ 月の場合。
酸素の はこれを超えている。つまり月では酸素すら保てない。窒素も同様である。
月に大気がほとんどないのは、重力が小さくて脱出速度が低く、ありふれた気体の分子の速さでも逃げ出せてしまうからである。
まとめ 大気を保てるかは「分子の速さ」と「脱出速度」の競争で決まる。前者は温度と分子の重さ、後者は天体の重力と大きさで決まる。
発展 — 一歩先へ。 この見方で太陽系を眺めると、組成の違いがきれいに説明できる。
木星や土星は巨大で脱出速度が大きく( 前後)、しかも太陽から遠くて低温なので、いちばん軽い水素とヘリウムまで保っている。だから主成分が水素の大気をもつ。
火星は地球より小さく()、大気は薄い。金星は地球とほぼ同じ大きさだが高温で、水素は失っている。
「重力の大きさ」と「温度」という つの軸で、惑星の大気の顔ぶれが決まる。 つの不等式が、太陽系の地図を描いてくれる。
水素 ・酸素 、地球の脱出速度 、地球は酸素を保てるが水素は逃げる、月は脱出速度 で酸素も逃げる
別解
エネルギーで比べるルート。 速さでなく、エネルギーの比で考えることもできる。
分子 個が脱出するのに必要なエネルギーは 、熱運動のエネルギーは である。その比を
とおくと、③ の目安「」は と書き直せる。
地球の酸素なら
をはるかに超えており、安全である。水素なら で、境目のすぐ下になる。
エネルギー比で見る利点は、これが「分子の速さの分布の裾」の議論と直結することである。ボルツマン分布では、脱出できる速さをもつ分子の割合が 程度で効いてくる。 が から に変わると、この割合は天文学的な差になる。
境目が「」という中途半端な数なのは、指数関数の急激さが背景にあるからである。
ポイント
- 同じ温度では軽い分子ほど速い(v∝1/√M)
- 脱出速度は √(2gR) で、小さく軽い天体ほど小さい
- 地球は酸素を保てるが水素は逃げる
- 月は脱出速度が小さく、酸素すら保てない
よくある間違い
- モル質量を g/mol のまま代入する(kg/mol に直す)
- 脱出速度を √(gR) としてしまう(2 倍が入る)
- 「速さが脱出速度を超えなければ安全」と考える(分布の裾があるので、目安は 1/6 程度)